手記 がらっぱち | 重症心身障害児

【手記】おっす!おれ、がらっぱち!息子は重症心身障害児[後編]

投稿日:2016-04-15 更新日:

机の下からこんにちは

お待たせしました!手記の続きを書きました!
前回にもましてがらっぱちな文章で恐縮ですが、最後までお付き合いただければ嬉しいです!

前編をまだ読まれていない方はこちら >>>【手記】おっす!おれ、がらっぱち!息子は重症心身障害児[前編]

こども医療センターへの定期的な通院開始

定期的にこども医療センターの新生児科、遺伝科、脳外科、整形外科、神経内科に通うことになったのよね。

新生児科では、もちろん子どもの様子とおっぱいの飲み具合を診る。そして乳首のくわえさせ方のアドバイスを受けて…。担当の先生は検査入院や出産後にいろんな説明をしてくださった先生なんだけど、物事はっきり言うし、期待もなにも持たせないぞっていう先生だったので、おっかなくて。毎回、この診察の時は緊張して腋汗すごかったなぁ。

1歳2ヵ月で水頭症の手術

水頭症の手術は、1歳2ヶ月頃行われた。
手術の説明では、頭に穴を開けてシャント(溜まった水を流す管)を入れてお腹まで通すと言われた。

この時はわりかし冷静にフンフンと聞いてはいたけど、迎えた手術当日。いざ看護士さんに子どもを渡し、ぽやあんとこっちを見ながら抱っこされて手術室に消えていく我が子に、

(頭に穴を開けるんだ、不憫だ、ホント申し訳ない…)

と目を固くつむった。
入院期間は1ヶ月くらい。さすがに食堂のメニューにも飽きてしまい、最後は弁当持参で通ったなぁ。

手術後も凹む日々

退院したあとの経過観察の診察で、

  • 月日が経ってもお座りもできない、しようとしない
  • 言葉が全く出ない

ということで脳外科の先生に、
「手術して頭の水の流れも良くなったはずだけど、お子さんは、まだ何かあるのかもしれないね」
と言われた。

“笑顔がいい”なんて親バカ丸出しでいたので、その自負すらもかる~くポキッと手折られた感満載で、またしばらく凹んだねぇ…

”まだ何かある”って…。

今はもう何ひとつ大きなことは望んじゃいないから開き直ってるけど、当時はまだまだメソメソしとりましたよ。

なかなか見つからない病名

また、定期的に遺伝科での診察では

「大抵、○○と△△の症状だと××という病名、▲▲と◎◎が出てると□□、といったように持っている疾患の組み合わせで病名が出るんだけど、お子さんの病名が見つからないのですよ。水頭症と多指症の組み合わせはあまり出てこないのだよねぇ」

と先生によく言われた。でも先生は、「がんばって探しますね」とも言ってくれた。

そして1歳を前に療育相談センターへ

また、神経内科の何回目かの定期受診で、
「進行性の病気はなさそうだね。成長がゆっくりだけど。療育センターに通うといいよ。紹介状を書くからね。行ってみなさい」
と言われた。

(“療育センター”……どんなところだろう…)

何となくの想像は、“障害を持った子どもたちが行くところ”だった。

ワーカーさんに詳しく成育歴を話した結果、
「それではまずこれから理学療法(PhysicalTherapist/略してPT)を行っていきましょう」
ということになった。

担当のPTの先生は、とても物腰の柔らかい男の先生だった。
ちなみにこの頃、子どもはまだ1歳になる前だった。

なかなか踏み出せなかった次の一歩

療育センターに通って、PTを行っていくのがまず最初の取っ掛かりだったな。

ラッコ教室に誘われたけど…

そうして通っていくなかで、
「早期療育の“らっこ教室”に参加してみませんか」
とPTの先生に勧められたのだけれど、あたしはこの頃、暗黒期真っ只中で、深く考えることすらできずに、

「う~ん、ちょっと…まだやめときます」
とさらっと断っていた。
……ちょっとまだやめときますって…何なんだよな、おめえ何様だよっ!て(笑)

あたしはこのとき、ほんっとにゲス野郎で、障害児の母でありながらも、障害児のママさんたちと傷を舐め合うなんて真っ平ごめんだ!と偏った頭でっかち唐変木でいたのだ。

3回目のお誘いでしぶしぶ…

でもPTの先生も日を置いて何度も誘ってくれた。

3回目くらいだったかな、また“らっこ教室”のお誘いをしてきてくれたその時、

「らっこ教室に通われる方で、自分の子どもと状況が近い方(自分で起きたり、座ったりができない)は誰かいらっしゃらないですか?いたら紹介してほしいとおっしゃる方がいましてね。良かったら会ってみませんか。」
と言われたのだ。あたしは正直心のなかで

(えぇ~!!やだよ、めんどくさっ!困ったな、なんて断ろう…)

と思った。でもなんだか断りにくい雰囲気、
「わかりました、1度お会いします。」
と笑顔で答えた。

でもこの時、あたしの望まない試練がアグレッシブにやって来るので、本当に本当に気が重くて逃げ出したくてどうしようもなかった。

そして迎えたその日、ガツンガツンがつーん!!

そしてその日がやって来た。

うちの担当のPTの先生と、その方の担当PTの先生、そしてその方とお子さんの御対面…。

「こんにちは、○○と申します。今日はありがとうございます。」
「こんにちは、△△です。こちらこそです。」
「あの、らっこは参加しますか?」
「あ~~…、えっと、あの、ちょっと迷ってて…(汗)参加しますか?(汗)」
「しようと思ってます。この子にとって何がいいのか、何をしてあげられるのか、やれることはやってあげたいです」

……………………………ものすごい衝撃だった。

あたしは、この時ほど自分を恥じたことはなかった。よくも人の親になろうとしたもんだなと。

親が子どもにしてあげられること、それを精一杯してやる……そんな気持ちで育ててたっけ、いや、そんな気持ちになったことすらなかったんじゃねえのかって。

この方に会うまであたしは、ただすねてただけだったんだって。
誰にもわかってもらえないし、わかってもらおうとも思わない、けど、勝手にひとりでいじけてたんだって。

 

ここから気持ちを一新させたあたしと子どもの療育相談センターとの関わりが始まった。

らっこ教室、ひよこ教室、ひまわり園入園と、今では当たり前のように通ってますが、この頃を振り返ると、通ってるんじゃない、通わせていただいてる、子どもをお世話してもらっているという気持ちでいっぱいです。

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ちなみにあたしにその衝撃を与えてくれた方は、このsukasuka-ippo(すかすかいっぽ)のメンバーです。頭上がりません(笑)

 

そして判明した病名は…

遺伝科の先生が移動になり、新しい担当の先生が
「○○先生からこれを預かってます。一生懸命探してくれたみたいですね。」
と。

A4サイズの1枚の紙に、病名と症状が書いてあった。
Megalencephaly‐Polydactyly‐Polymicrogyria‐Hydrocephalus(MPPH)syndrome
巨頭・多指・多少脳回・水頭症症候群

そこに並んだ症状を見ても、我が子の様子とほとんどどんぴしゃり。
こういった特徴の子どもたちも増えてきているということなのだろう。

以前、脳外科の先生が、
「世界中にある病名を知っている遺伝科の先生が病名を特定できないのだから難しい病気なのかねぇ」
なんてぽつりと言ったことがあった。

“嬉しいときは笑ってくれる”

私も時を経て、(今のこの状況を大切に思っていこう)という心境になったので、今となっては病名などはどうでもよくなっているのだけどねぇ。
遺伝科の先生、ありがとうございました~!!

きまったぜ!

以上、ながながお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
またこれからもぽつぽつ手記を更新していければなと思っていますがどうなるかな、また逢う日まで~!

公開/2016.04

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