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【sukasuka-act.01】我が子の障害、どう受け止めた?[年長の息子は軽度知的の自閉症/ゆーじゃさんの場合]

投稿日:2016-06-03 更新日:

2016.05.27開催
sukasuka-act.01
参加者/ ゆーじゃさん

息子は5歳年長、保育園(週3)と療育に力を入れているデイサービス(週2)に通っています。

就学を見越して、最近、児童デイサービスに通い始めました。自閉症スペクトラム、軽度知的。会話や認知が3歳ぐらい、オウム返しが多く、会話は成立していないかなということろはあるんですが、こちらの言うことはちょっとわかるようになってきています。例えば「脱いだ靴下どうするんだっけ?」と言葉をかけたら、自分で洗濯機に入れに行くなど、生活しやすくなってきたなと感じています。

1歳4か月で保育園に入りましたが、その前から「うちの子、そういえばバイバイしないな」と思っていて、健診の時もかなり聞いてはみたし、指さしもそれほどしなかったのに、その場では「問題ない」と言われました。周りのみんなも「そんなことない」って言ってくれたんだけど、わたしはどうしても違和感がありました。

カンガルー教室に行ってみたんですが、そこでも心理士の先生に検査してもらったんですが、やはり特に変わったところは見つかりませんでした。

その後、それでも気になってコアラ教室に通い、2歳の夏ぐらいに再度検査を受けてみたら、IQ75という結果。慌てていろいろ調べて、療育を始めました。ちなみに、去年(4歳)の検査では、IQが60まで下がってしまい、ちょっとへこんでいます。

年長になってからは、環境の変化が原因なのか、うちの子が悪目立ちするようになってしまったんです。これまでは保育園の中でちょっとシャイな子という位置づけだったのが、先日の運動会でみんなが踊っている中でうちの子だけちょっと離れたところでキラキラしたものをじっと見ていたり、ほかの出し物が楽しそうだと思ったのか、近寄っていってしまったり…。全園児の前でうちの子がちょっと違うということが知れ渡ってしまった形になって、ちょっといたたまれない気持ちになってしまいました。これまで普通に話をしていたお母さんもみんな気を遣ってくれて、いろいろフォローしてくれるのを逆に申し訳なく感じてしまったり。

ご近所でも話しかけてくれる人にうまく返事ができなくて、例えば「僕何歳?」と聞かれたことに「僕何歳?」とオウム返しで答えてしまうことがあります。

これまでは小さくてかわいいねで済んでいたことが、大きくなるにつれそうも言っていられなくなって、外でやっぱり目立つ行動をとってしまうんですね。そんな時、「しつけが悪いと思われたくない」というところもあって電車とかでも比較的厳しくしていたんだけど、最近は「しつけが悪いと思われてもいい!親が悪いんです、この子は悪くないんです!」とちょっと開き直ったような気持ちになって、ちょっと外出がおっくうになります。その思いは主人も同じようで、「あまり出かけたくないな」とか、病院に連れて行くのも「あぁ、ちょっとやだなぁ。あんまりおとなしくしてられないからなぁ」とか、来客中に子どもが騒いでしまったりしたときにお互いに「ちゃんと見ててって言ったのに!」なんて喧嘩になったりします。「こういう喧嘩やだなぁ」なんて思っているときにsukasuka-actがあるのを知って、来てみました!

第1回トークテーマ『我が子の障害、どう受け止めた?』

受け入れられているのかな。でも折に触れて悲しくなってしまう…

私は受け入れてるか受け入れていないかっていうと微妙です。基本的には「受け入れてる」って思うんですけど、折に触れて悲しくなってしまうんです。小さいことでも、ちょっと悲しくなって、ちょっとシュンとしちゃうんです。

今、ちょうど運動会の前でそういう時期なんですけど、もちろん初めて知った時もショックだったし、悲しくて泣いていた時期もあります。

イメージする障害児のお母さんと自分とのギャップ

私がイメージするステキな障害者のお母さんというのは、障害のある子どもがいるんだけど明るくて、悲観していなくて、精力的にいろんなことをしているイメージです。

  • 私もそういう風になりたい!
  • 「うちの子に障害があるからって差別して!」なんて文句をいうお母さんにはなりたくない
  • 保育園で何かあってもちゃんと低姿勢でお願いしよう
  • 「障害があるんだからいいじゃない!」って開き直るようなのはいけない

っていう思いで、私自身も頑張っています。

でも、「学芸会でうちの子だけセリフがないのは喋れないからだよな」とか、「あの時騒いじゃったけどあのお母さんはどう思ったかな」なんて考えると、ちょっとシュンとしてしまいます。そのちょっとずつシュンとするのがとても嫌で、もう一切払拭して、「いっそ障害があってよかった!」くらいに思えたらどんなにいいかと思ったりして過ごしていたんです。

きっかけは知的障害のある子どものデイサービスで働き始めたこと

でも、たまたま知り合いのつてで、知的障害のあるお子さんが通うデイサービスで働くようになって、そこには作業所なんかもあるんですが、それこそラガーマンみたいな体の大人の人が、うちの5歳の息子みたいなことをやるんですよね。

「名前は?誕生日はいつ?」なんて聞いてきたり、いつも同じ場所に座らなくちゃいけないとか黙って手をつかんで連れて行ってテレビをつけろって伝えてきたり…。

でもみんなかわいくて、「あぁ、私は知らないから怖くて毎日泣いてたんだ!」って思えるようになったんです。

「そこにいる子たちって本当に素敵だな」って思えるし、なによりとても自由なんです。私が「何してるの?」って聞いたら「あっちに行って!」って言いながら、用がある時だけ声を掛けてきたりするんですが、その勝手さが羨ましく思えてきて…。ここにいる子たちを好きになるにつれて、「私も自分の息子の障害も受け入れられるのかな」「息子もこういう風に自由に人生を歩めるなら、障害があるのもいいじゃない?」って思えるようになりました。

それでも絶対に消えないチックっていう悲しみ…

それでも、やっぱり「うちの子は障害があるんだな」「普通の子とは違うんだな」と思う、チクッていう悲しみは絶対に消えないんだっていうことを、すごく実感しています。

彼らのことがすごく好きで、能力もあると思うし、ステキだと思いながらも、やっぱり自分の子どものことを思うとチクッてするので、やっぱり私はまだ受け入れられていないんだなと思います。

2016.05.27
発言/ 参加者 ゆーじゃさん
編集/ Takeshima Satoko

そして、sukasuka-act 開催から20日ほどして届いた1通のメール…

sukasuka-act開催後、20日ぐらいしてゆーじゃさんから1通のメールが届きました。

「なかなか机に向かう時間が取れず、また向かっても文章がまとまらず、感想が自分の中で熟しきって、長くなってしまいました」というゆーじゃさん。sukasuka-actでのご自身の発言内容を感想と一緒に文章にまとめてくださいました。以下、ご本人の了承を得て全文を掲載させていただきます。

sukasuka-act に行ってみて…

私には知的障害のある自閉症スペクトラムの息子(5才)がいます。かわいい、愛しい息子。

でも、新年度が始まってから、私はずーっと気持ちが沈んでいました。進級や園行事など、息子の「フツウ ジャナイ」が浮き彫りになる機会が増えるこの時期は、何かにつけココロがチクンと痛みます。お友達との違いを見つけてはチクン、ほかのお母さんに気を使っていただいては、ありがたい反面チクン。…必死に胸に収めているつもりでも、自分も家庭の雰囲気も沈み込んでいきました。

sukasuka-ippo(すかすかいっぽ)さんのことを知ったのはそんな時でした。

障害の受容

息子に違和感を感じ始めた当初から、これは相当に越えがたいハードルだという予感がありました。

機会があるごとに交流会に参加したり、関係者のお話を聞いたりして対処してきました。それぞれの時期に得るものはたくさにんありました。

先輩ママさんの経験談や地域に対するご尽力、行政サービスや療育の情報…。けれども、障害の受容というハードルは、その高さを再確認し、立ち向かうしかない!という勇気をいただくことはできても、決して低く感じることはありませんでした。

それでも、療育などの有益な情報をいただき、そちらに意識が移ることで、障害受容の苦しみから目をそらすことができたと思います。「メソメソするより、もっと他にやることを見つけ出す」という仕方で。

自分史上最高に追い詰められていた時に参加した今回の『sukasuka-act』

今回は、自分史上最高!?に追い詰められていたので、どんな小さなことでもいい、この苦しみから逃れる方法、心が痛まなくなるヒントをいただきたい!という強い気持ちで参加しました。いつものように、気持ちを立て直す有益な情報を求めていたのだと思います。

他の会とは違う『sukasuka-act』の過不足ない距離感

参加してみると、『sukasuka-act』は他の会とは違っていました。小さい輪で、とても親しみ深く、みなさん素直に話したり耳を傾けたり、涙したり…。

こうして文章にしてしまうとうまく表現できないので残念なのですが、時間が経つにつれ、作られていく空気がこれまで経験した交流会とちょっと違うんです。目配り、気配り...運営メンバーさん方のリードに、参加されている皆さんが緊張感や警戒心を解いてゆく。そうすると、お部屋の雰囲気がどんどん柔らかく温かく、だからといってフランクになりすぎない距離を確保しつつ…包容力に満ちていくんです。

緊張していた話し手の気持ちが、誰かの相づちひとつでフワッとほぐれていく感じ、障害の種類や深刻さが違っても、ゆるく柔らかく気持ちが繋がっていく空気感。その中に身を置くこと自体が、いろいろ抱え込んだココロを受け止めてくれるようでした。

知らない者同士が集まって、そんな場が持てることってなかなかないです。

「あの日、あの時、あのメンバー」の空気感、私は好きだった!心地よかったです。

障害児に限らず、ママの集まりはネットワークづくり、情報交換がメインになってしまいがちだと思います。最後はライン交換してつながりを確保することで、やっと安心・満足してその場を去ることができる。でも、あの場はそういう側面が薄かったように思いました。少なくとも、私はいつものように携帯を出して、別れ際に事務的なことをして、この気持ちを手放してしまいたくなかった。

今回の『sukasuka-act』で私が感じたのは、有益な情報を得て、別の方向に目を向けるとか、先輩の話を聞いて立ち向かう勇気をもらうといった強い気持ちの変化ではなく、船がゆっくりと方向を変えるように、じんわりと上向きに気持ちが向き直るのを感じたという心地よさ、そして明日から私は元気にやれそうだなぁ^^という嬉しさでした。

印象的だったきょうだい児の話題

最後になりましたが、お話の中で印象的だった話題は、意外にも自分には直接関係なく、でもいつもひそかに意識はしていた、きょうだい児さんのお話でした。1人息子の我が家にはわからなかった、初めて知る気持ちがうかがえました。息子にはきょうだいがいない、私は健常児を育てることはできない、ということについて、実は、いろいろ考えてしまうのですが、これはこれで、またゆっくりと、自分の気持ちがまとまっていくように思い、嬉しかったのです。

2016.06.19
文/ 参加者 ゆーじゃさん

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