対談

サイトリニューアル記念企画【対談】横須賀市・吉田雄人市長×五本木愛・sukasuka-ippo代表>>市長の素顔がチラリ、学童の思い出から大きなヒント!?

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みなさんご存知の横須賀市の吉田雄人市長。
では、市長がどんなお仕事をされているのか、普段何をされているのか、どんなことを考えているのか、ご存知ですか?
正直に言います、私たちは知りませんでした!

今回の市長対談の機会をいただいて、私たちがまず痛感したのは「横須賀の障害福祉について、市長とお話をするための基本的な情報や知識が自分たちには全然な~い!」ということ。ならば幼少期の障害児を育てる親として、背伸びをせず、率直に聞きたいことを質問しよう!

ということで、

  • 吉田市長が政治家を目指されたきっかけ
  • 市長のお仕事ってそもそも何?
  • 学校における障害者差別について、インクルーシブ教育について
  • 急増する放課後等デイサービスと足りない移動支援
  • そして市長から大きなヒント!?障害児学童について

などなど、基本的な質問にも丁寧にお答えいただき、私たちの話にも耳を傾けていただきました!

市長の素顔がチラリ、市長の学童の思い出から大きなヒント!?市長対談45min.

総理大臣になるなんて言ってた高校生の頃。そして、大学で気付いた…ちょっと違う?

五本木 まず初めに、吉田市長のことを詳しく知りたいなというところで、政治家を目指されたキッカケなど教えていただければと思います。

吉田市長 人生なので紆余曲折あってですね、短めバージョンでお話しすると、高校の時とかは総理大臣になりたいとか言っているクチでした。いますよね、ときどきそういう高校生(笑)

大学もその感じで入り、雄弁会という政治家を結構排出しているようなサークルに入っていたんですが、実際そこでの色々な活動とは別に、政治家の手伝いをする機会があったんです。例えば、政治家のパーティーの受付や、ポスターを貼る手伝いだったりとか。そこで「なんか違うなぁ…」と。限られたいち側面だった訳ですが、今思えば、そんなところだけを見て「政治じゃないな」なんて思ってしまったんですよね。

次に目指したのは小説家!?そしてITコンサルティングの会社に就職…

吉田市長 それでもなんだか世の中を変えたいと思う気持ちがあったのか、「政治じゃなくて文学でいこう!」と言って、ちょっと小説家を目指したんですが、誰も才能に気付いてくださらなかった…未だにですけど(笑)

それで普通に就職という選択をしました。その就職した先がITコンサルティングの会社で、配置された先のお客様というのが観光庁や地方自治体がほとんどだったんです。

そしてちょうどこの時期、『e-japan(イージャパン)構想』という日本のIT化をどんどん進めようという時代で、私の会社や一緒に働いている別の会社も優秀だという自負はあったんですが、政治が全然動かなくて、すごく無駄なことばっかりだったんです。これはあくまでも例え話ですが、総務省のサーバーを1個作ります、となったときに、これと同じ物を翌年に厚生労働省や経済産業省でも作る、となる。

「これ1個でいいんじゃない?」みたいな話なんですが、政治としては、「それは別々でやらなきゃいけない」みたいな感じになっちゃってて、みんな「1個でいいのになぁ」って思ってるけど、そうはならない。「やっぱり政治なんだなぁ」っていうふうに思って、そのまま政治家になってもあまり良くないし、政治的な意味で色々な幅広い選択肢を求めて大学院に戻ったんです。

大学院では地方自治の勉強をしたりして、時期が来るとまた就職を考えるわけですけど、NPOや公益団体もいいなと思ってた時に、同期で取手市の市会議員になった人がいて、2歳上のサークルの先輩が葛飾区の区議会議員になったりして、なんか「お前も出ちゃえば?」みたいな流れで勢いで市会議員になりました。

ですから、政治家になったキッカケはと聞かれると、ズバリ勢いですという答えになります。

五本木 そうなんですね。でも今ちょっと意外だな、と思ったのが、一度普通に外でお仕事された経験がおありになるってことですもんね。その道にずっと来ていたのかな、というふうに思っていたので。

吉田市長 全然違いましたね、まさに紆余曲折ですね。でも、サラリーマンやってて良かったなと思いますよね。税金を納めたとか、そういう感覚を大事にしなきゃなと…。

五本木 そうですね。確かにそれは大きいと思います。

市会議員になってわかったこと、そして市長にならなきゃ!できないこと。

吉田市長 政治の世界に入ったものの、最初から市長市長という感じではなかったですね。議会でもできることはたくさんありますし。ただ、市会議員になって色々とわかってきたことがあって、「市長にならなきゃいけないな!」というふうに思ったのは、議会でできるはずのことが、議会でできるようになるまで待っていられなかったみたいな、そんな感じですかね。議会の多数派を持つということはすごく重いことですけど、ちょっと20-30歳の若造には、それはまだちょっとできなかった。

改めて聞いてみた、市長のお仕事って!?

五本木 考えてみたら、色々な書類に押された印で市長のお名前はよく拝見するんですが、実はよく知らない市長のお仕事。すみませんが改めて教えていただけますか?

吉田市長 市長の仕事というのは、ひらたく言えば、多くの方のご意見をお聞きしながら

  • どのように予算を使うか計画立てていくこと
  • 実際にそのお金をつかっていくこと

ということになると思います。

たとえば最近見学した「ライフゆう」に関して言えば、

  1. 障害のある方の保護者や市議会議員などの方々からのご意見を踏まえて計画を立てる
  2. 予算案を市議会に認めていただく
  3. そのお金を実際に民間の社会福祉法人に交付して施設の建設・オープン

という仕事の流れです。

また市を代表して、様々な機関と調整や連携をするのも市長の仕事のひとつです。防災協定などはわかりやすい例だと思いますね。

毎日の仕事で言えば、職員とのミーティングや姉妹都市からのお客様などへの来客対応、式典への出席など、1日が本当にバタバタしながら終わります。もちろん、どれも大事な仕事だと思って前向きに臨んでいます。

障害福祉の問題点、『しらとり園』と『ライフゆう』があるけれど入所施設の数の不足は感じる

五本木 ここから先は私達、sukasuka-ippoとして、というところで、固いお話じゃなくて大丈夫なので、現状の障害福祉について問題点とか改善点など、市長の考えをお聞かせいただけますか。

吉田市長 ん〜、問題点…。やっぱりあれですよね、こう…難しいですよね!問題点…。

ご要望は常にあるし、それに応えることができる財源がすごく限定されていて、そのギリギリの狭間で、「じゃあ今年はこれぐらいで…」というような形で進んできているところです。

今、横須賀には『しらとり園』がありますが、あそこは県の施設ということもあり、現状では市の方がなかなか入れないような状況がある、最近はちょっと改善されてきましたけど、入所の施設はやはり足りないかなと感じています。

『ライフゆう』さんが結構頑張っていますが、ベッド数がまだ予定の60床にいっていないんですよね。

行政として障害種別に対応しきれていない歯痒さ感じる

吉田市長 あと感じるのは、行政として障害の種別に対応しきれてないところもちょっとあるかな、と。

でも難しいですよね。障害も千差万別だから、医療のほうに入る方もいるし、その時に行政ってどうしても公平性を意識せざるを得なくて、そのきめ細やかさをどんなふうに表現していくと、その障害のある方々が普通に暮らせるような後押しになるのかというところに、いつも歯痒さは感じます。具体的なお答えができずすみません。

障害児学童で過ごした日々、楽しさも恥ずかしさも…。インクルーシブ教育の原点とは

五本木 私たちは子育て世代の親なので、いわゆるインクルーシブ教育についてだったり、学校によってというところはもちろんあると思いますが、障害者差別みたいなことも現実的にないとは言えないので、そのあたりについて市長のお考えをお聞かせいただければと思います。

吉田市長 私自身の学齢期の経験をお話しすると、私自身は目に見える障害はなかったんですが、親が共働きだったもので、一番近い学童で、かつ親同士が知り合いということもあって、障害児学童に通っていたんですが、その経験は本当にすごく良かったなと思ってるんです。放課後は障害のある友だちと一緒に野球やったり、雨が降っていれば当時流行っていたキン肉マン消しゴムで相撲したりとか…。本当に楽しく過ごしていたので、私自身はその学童に通っていて良かったなと思います。

とは言いながらも、障害児学童でお散歩なんかに行った先で、いわゆるそうじゃないグループの友だちが「ゆうと、お前何やってんだよ」なんて感じで来るわけですよ。そのときの自分はね、正直にお話すると、子供心にどこか恥ずかしいなとか思っちゃったりはしていました。

いわゆる障害者差別とかの温床って、きっとそういうところにあるんですよね。そこは本当に難しいです。だから、極端な話をすると、「お前何やってんだよ」って言ってる子どもたちもこっち側で遊ばせちゃえば本当はいいんでしょうけどね。彼らは彼らのグループ、障害のある皆さんは障害のある皆さんのグループというように、別々にやっちゃってたからそんな気持ち、そういうシチュエーションになってしまうのかな、みんなが入っていれば、特にそうはならなかったんだろうなって思います。

五本木 私なんかも障害児の親になってたかだか5-6年なんですけど、障害者差別につながる始まりはどこにあるのかなという目線で周りを見ていると、やはり小学校ぐらいから徐々に増えてくるのかなという気がするんです。それは自分と他者は違うという意識から始まっているのかなとも思うので、幼少期にともに過ごす機会をもっと増やすべきなのかなと。そういう幼少期の経験が実感として感じられるインクルーシブのベースになっていくんじゃないのかなと、最近、すごく思っています。

吉田市長 本当にそう思いますよ。私は今思うと、そういうところで放課後を過ごせたことは本当に良かったなと思います。いわゆる健常児と呼ばれる子どもたちが自分自身に気付くきっかけだったりもすると思うんですよね。命ということもそうだし、ひとりひとりの個性とか特徴とか、あるいは障害とかっていうのが、いろんな形で存在して当たり前だというところですよね。

五本木 もう少しその障害児学童のお話を聞かせていただきたいのですが、規模としてはどのくらいだったんですか?

吉田市長 20人くらいの規模だったかな。その当時は、逗子にいたんですけど、『湘南の凪』の前身で『星の子会』というところですが、逗子市の障害のある皆さんはそこに集まってきていました。学年もバラバラで、今でも横須賀市内の障害者施設で当時の学童仲間に会うんです。先日も、清光園のイベントで前に出て挨拶している時に、「ゆうとー!ゆうとー!」って呼びかけてきて、「ちょっと今、話してるところだから(笑)」って、そんな感じです。

市内の小中学校全てに支援級があることで得られる安心と『特別な子』という括り

五本木 市長が幼少期にそういったところで過ごされて、すごくいい経験をされているというのはお話から伝わってきます。

私自身、横須賀で育っていますが、自分の小学校時代を振り返るとその当時は支援級がまだなくて、クラスに色々な友だちがいるという状況でしたからそれほど違和感はないんですが、やはり、市内の小中学校すべてに支援級ができたことは、障害児の親としては支援という観点では安心という反面、『特別な子』という括りができてしまう部分はあるのかなぁと思う部分もあります。

吉田市長 学校現場や保育の現場だと、どうしても全体の効率性みたいのを考える人がいるので、それ以外の方法を現実的に模索するとなると…例えば横須賀には放課後デイはあるけれど障害児学童はないじゃないですか。

もちろん「障害のある子も来ていいよ」と言ってくれている学童もあるけれど、「うちではちょっと難しい」というところもあったりします。でも、学校現場に持ち込むよりも放課後の時間のほうが動かしやすい気はします。

五本木 なるほど!その発想はありませんでした。

吉田市長 学童だったら色々な支援の仕方があると思うんですよね。既存の学童支援のメニューがありますが、立ち上げにあたっての家賃補償や障害児加算なんかもあったりしますし、ひょっとしたらですけど、学童というかたちなら市としても何かしらの支援ができると思うんです。何かやる時は是非、声を掛けてくださいね。

五本木 早速、検討してみたいと思います!

障害児の放課後の過ごし方、放課後等デイサービスと移動支援の悩ましい現状に直面

五本木 実は今、横須賀市に放課後等デイサービスはすごい勢いでできていて、保護者は自分の子の特性に合わせた事業所を選べるようになってとてもありがたいんですが、移動支援を利用するとなるとヘルパーさんの数が足りないという現実に直面。つまり、通わせたい放課後等デイサービスと契約できても、移動支援が使えないと、学校が終わる時間に保護者が迎えに行き、事業所まで送り、放課後デイが終わる時間にまた保護者が迎えに行くという送迎が必要になる。私たちのような障害児の保護者が仕事をしようと思うと、こういう状況はなかなか厳しいものがあります。

吉田市長 あれ?放課後デイで車で送迎する所もありますよね。

五本木 ありますが、数はそれほど多くなくて、しかも移動支援については、継続利用される方の枠でほぼいっぱいというのが現実。新たに利用するとなると足りていないんですよね。

吉田市長からもらった大きなヒント!障害児学童保育

五本木 この4月に私たちsukasuka-ippoが法人化するにあたって、その事業計画のひとつに考えていたのは、障害児の送迎のお手伝いなんですが、今、市長のお話を伺って、そういう目的なら学童保育もありかな、と。

吉田市長 そうですね学童は確かに有効ですが、やっぱり移動支援もあったほうがいいと思います。

五本木 もし自分たちで学童をやるとすると、送迎の車を用意して、学童を利用するお子さんを学校まで迎えに行って、帰りはバスポイントに降ろしてあげるような形をとれば可能かもしれませんね。そうすれば、私たち障害児の親も自分の子どもの送迎と言う枠を労働という形に少し拡大させて、互いに助け合える。

吉田市長 まずは、こども育成部に学童の立ち上げに関する既存のメニューの表を出してもらって、それをもとに検討なさってみてはいかがでしょう。

五本木 ありがとうございます。「放課後デイサービス」でなくて「学童」というかたちだと、市長の経験されたように、もしかしたら近くに住んでいる健常のお子さんも受け入れて、そういう混合の環境が作れそうですね。私たちは、法人化する上の事業計画の中に障害児の家族の働く場所の創出も考えているので、学童の運営や送迎の提供を考えることで働く場所も作れる、お仕事を持ってもらえる、というふうに広がりそうですね。

吉田市長 五本木さんのバイタリティーがあれば、会社のような働く場所も作れるんじゃないですか?

五本木 ありがとうございます。色々やってみたいとは思ってるんですけど、最終的には複合施設を作れたらな、と大きな夢を抱いています。そして、最終的に就労という部分を考えた時に、私たちの子ども世代が大きくなった時には、きっといろんな企業が、障害者雇用に積極的になっている、それを念頭に入れると、今のうちにたくさんの企業とパイプをつくって、それまでにもっと勉強して、その子の特性に合った部分で就職先の会社につなげていく、っていうことも、自分たちでできるんじゃないかっていう風に考えているんですけど。

幼少期・学齢期の障害児に関する要望は多い?少ない?

五本木 先ほど、要望がいっぱい市長のところに集まるというお話がありましたが、ちなみに幼少期の親御さんだったり、学齢期の障害児に関する要望っていうのはいかがですか?

吉田市長 あんまり…かも。

要望全体を見ると、年に1回必ず届くような要望というのは確かにいくつかあります。その多くは障害種別で届くもの、施策検討連絡会のように横断的な会からいただくもの、それから少し政治的な色合いのあるグループも含めて個別に届くもの…ぐらいで、若い世代からの要望というのはあまりないですね。

『ライフゆう』さんを作る前にはすごく頑張って活動されていた団体がありましたが、最近は若い世代からの要望というのはあまり聞かないですね。

五本木 やっぱりそうですか。私たちもひまわり園の保護者会の役員としていろいろ障害児者の会議などに関わらせてもらったのをきっかけに少しずつ、障害福祉の現状について学ばせていただいています。

そこでいつも思うのは、先輩のお母さん方がすごく頑張っていらっしゃるということ。いわゆる就労だったりその先のお話についてすごく緻密に議論されていて、私たちも一生懸命勉強させてもらってますが、一方で私たちの世代、つまり幼少期の保護者はそういうパワーが必要な時に出せるかなという不安を感じます。そういう議論の場自体がまだまだ少ないというのもありますし、幼少期の障害児に関する相談や療育については横須賀市療育相談センターがすごくしっかり機能していて、手厚いので困り感が少ないというのも理由にあるのかなと。

横須賀で手厚い療育を受けられること自体はとてもありがたいことだと思います。ただ、小学校に上がって各学校の支援級に行ってからはバラバラになって、なかなか親同士が繋がれない、情報交換の機会が少なくなったという話をよく耳にします。そうした部分を総合すると、幼少期・学齢期の保護者は、いざ要望すべき困り感が出てきたときに、それを共有する場だったりパワーだったりが見つけられるのかというところで不安を感じるのかもしれません。

横須賀の障害福祉の世界は横の繋がりがアツい!要望は毎年出すのが大事

五本木 でも私たちも色々な会議や勉強会、取材に伺ったりという活動の中で、横須賀の障害福祉に関して言えば、本当に色々な方が繋がっていることを最近特に実感します。あの方はもともとはここの出身でここを立ち上げて、とか、そこにいたこの人がここに戻って、この人と繋がったんだよ…とか。そういう横のつながりや関係性を周りの方にたくさん教えていただきながら、同時に、そういう大先輩保護者や事業所を経営されてる方など、皆さんが私たちsukasuka-ippoもその輪の中に入れてくれて、温かく応援してくださっていることがほんとに心強い。そんな横須賀の連携にすごくパワーをもらえます。

だから、私たちのように幼少の障害児を育てる保護者も含めて、全体で情報を共有することでもっとパワーが生まれるんじゃないか。そして、その中で足りないサービスについては、これまで先輩方は皆さん自分たちで作ってこられたわけだから、「私たちも自分で作っていこうよ!」っていう思いが自然に生まれるんです。

ちなみに、若い世代のお母さんが要望を出したいという場合はどうすればいいですか?

吉田市長 やはり要望は毎年出すというのがいちばん良いと思います。要望してすぐ実現するような要望って、我々もニーズをちゃんと吸い上げたりしていますから、おそらく要望する必要もなく実現していると思うんですよね。だから、実現に時間がかかるような要望については、定期的に出すというのがひとつ、そして窓口を決めた方がいいと思います。障害福祉課がいいのかこども育成部が良いのかその辺は要望の内容によると思いますが。

五本木 私たちは施策検討連絡会には所属させてもらっているので、そこで要望をお伝えする機会はあるんですが、一般のお母さんの声を集めるというのは今後、sukasuka-ippoでやっていきたいなと思いました。

吉田市長 要望をまとめて年に1回出すというのは本当に大事なことです。例えば、救急医療センターについては特に利用者の会があったわけでもなく、継続した要望がなかったので、移設に向けての動きがすごく遅れたんですよね。

私にも、ちょっと別の考えがあったりしましたけど、三春町のあの状態を誰も良しとしてないのにそんなに進んでこなかったとか、まぁあと児童養護施設を新しく作ったりしたんですが、当事者が親がいない子どもたちということで要望などは出せなかったんですよね。だから、要望を行政に届ける、あるいは政治に届けるというのはすごく大事なことで、具体的に声をまとめるというのは文章にするということになるんですが、ちゃんと取りまとめる作業というのが実はとても大事なことです。

一般論ですが、窓口をひとつ決めて、行政の職員とも年に1回は定期的に顔の見える関係をちゃんと築いていただくと良いかなと思いますね。

ちょっと見てみたい!?市長の普段着・市長の子育て

五本木 それではここで市長ご自身の子育てというのをお聞かせいただければと思います。

吉田市長 そうですね。普通に頑張ってますけど(笑)

とは言いながら、やっぱり妻への負担というのが大きいんだろうなとは思っています。昨日も子どもの卒業式に行ってましたが、行けて本当に良かった!って単なる自己満足ですけど(笑)

五本木 あれですか、来賓ではなく?

吉田市長 そうそう!来賓じゃなく。それ、大事なところです(笑)

五本木 そうですよね!

吉田市長 学校行事はあまり参加できていませんね。ただ、私の空き時間は基本家族と過ごすというところがありますし、妻もうまくやってくれているからでしょうけど、「学校に来ない!」「なんで家にいないの!?」という不満はないように思います。

五本木 きっとご夫婦なので、分かっていらっしゃるのかもしれませんね。

吉田市長 子どもたちも私に、それを感じさせないんだろうなとは思いますね。

五本木 市長はご家族で市内でお出かけとかはされるんですか?

吉田市長 外食はよくしますが、やっぱり市内では4人でお出かけ…というのはなかなか難しいですかね。考えすぎかもしれませんが、自分では普段着になりづらい雰囲気があるので…変な格好して歩いてたりとか…。

五本木 ちょっと見てみたいですよね、市長の普段着。

吉田市長 そんなに変じゃないですけど、でもやっぱり多少若めでいきます(笑)

社会的養護にかける市長の思い、障害を抱えた子どもたちの行く先

五本木 今後、市長が挑戦したいなと思っていらっしゃることはありますか?

吉田市長 障害福祉という観点では、私はやはり『社会的養護』というのがひとつ、テーマになっていて、児童養護施設の子どもの半分以上は何らかの障害を抱えていて、そういう彼らの行く先ということについては考えなきゃいけない、まさに挑戦しなきゃいけないことだと思ってます。実際、これはいずれ起きる親亡き後の話に通じるんですが、障害のある方が1人で生きていくために必要な環境をどう整える必要があるかというのは意識していかなくてはいけないですよね。

五本木 そうですね…

吉田市長 社会的養護の子どもたちというのは特に、もう親はいないというところがありますし、障害もパッと見ではわからないとか、IQでははかれない発達障害のようなものだったり、はっきりと診断のつくかたちでないことも多いので、そうした子どもの支援のほうが難しいかもしれないですね。

五本木 そうなんです。そこは現実問題として課題かなと。

吉田市長 ちょっとごめんなさい。具体的な政策じゃなくて恐縮なんですけど…

合理的配慮は大事にしなければならないキーワード

吉田市長 横須賀市としてという立場では、先ほど五本木さんがおっしゃっていたように合理的配慮については大事にしていかないといけないキーワードだと思っています。

去年、「共生社会実現のための障害者の情報取得及びコミュニケーションに関する条例」という条例を作りまして、そこで初めて合理的配慮という言葉が条例に入ったんですね。まぁそれはあくまでもコミュニケーションにバリアを作るのはやめましょうというところの条例ではあるんですけど、それもすごく大事で、手話や点字、あるいは読み上げ装置であるとか、そういうのがあれば普通にコミュニケーションが取れるのであればそういうところの支援は市としては厭わずにやっていきましょうと。それをもっともっと広げていきたいなと思っています。

最後に…

吉田市長 でも、そうだな。子どもや若い世代の色々混ざった感じって大事ですよね。思い起こすと、障害福祉という意味では私の原点はあの障害児学童にあるんでしょうね。それがなかったらどうなってたんだろう。通りいっぺんのことを言ってるくらいかな。

五本木 やっぱりそこ大事ですよね

吉田市長 そこ大事でしたね!だからそういう環境をぜひ作っていきたいです、一緒に

五本木 はい、是非よろしくお願いします

sukasuka-ippo代表・五本木愛の視点

吉田市長とは、sukasuka-ippoのサイトオープンして間もない2016.05の車座ランチで初めてじっくりお話をさせていただいて以来、これまで何度か式典などでちょこちょこお話をさせていただく機会がありました。

吉田市長とお話すると、いつもなんだか身近な存在という印象を受けるのですが、冷静に考えるとそれはとてもありがたいことだと感じます。手探りでサイト運営を始めて1年に満たない私たちが、これだけ頻繁に市長と顔を合わせ、言葉を交わす機会を持てるこの距離感が横須賀市の魅力だなと心強く感じます。もちろん、市長と私たちを繋げてくれたたくさんの方のおかげです。

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そして対談の内容はというと、正直、私たちは政治に関しても市政に関してもまだまだ知識が少なく、市の財政事情より我が家のお財布事情のほうが気になるというのが本音のいわゆる子育て世代。

背伸びをして難しいお話をするよりは

・一市民として率直に吉田市長がどんな方なのか?
・どんな考えを持っていらっしゃるのか?

そして、後半はちょっとだけ背伸びをして、

・この横須賀の障害福祉についてどんなお考えを持っていらっしゃるのか?

ということを伺ってみました。

・・・

中でも吉田市長が幼少期に過ごされたという学童での経験が障害福祉への考えの基礎となっているというお話はとても興味深かったです。

障害児者の存在自体が当たり前に感じられる環境。私たちが障害児の保護者として、またsukasuka-ippo としても、「そうした環境は決して手の届かないものではない!いや、作れる!」という大きなヒントになりましたし、そこでやはり考えるべき点は幼少期からの共生。そこを改めて再認識させていただきました。

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また、今回は私たちのように市政について難しいという印象を持つ市民にも「なるほど!」とわかりやすくお話いただきましたが、本音を言うと、私たち幼少の障害児を育てる保護者にとって福祉の世界で使われる言葉がそもそも難しいというのも現実問題としてあります。例えば「インクルーシブって何だろう?」「合理的配慮ってどういうこと?」というように当事者の家族なのに用語の理解でまずつまずいてしまうなんてことも…。私たちは自分たちも「わからない」という目線を正直に出して、そこを噛み砕いて発信していくことも役割だと改めて自覚しました。

市長におかれましては、お忙しい中、対談のためのお時間をいただき、本当にありがとうございました。

・・・

2017.03.17
対談/ 吉田雄人市長×五本木愛
立会人/横須賀市こども育成部こども青少年支援課 奥津課長・sukasukaメンバー takeshima satoko
テープ起こし/ kayoko・がらっぱち・reiko・ゆかねこ・misa・ゆっぴー
編集/ takeshima satoko

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